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故郷で――生きる。

地方で祖父母の介護をしながら作家を目指す、一人のオタクの奮闘記

私の考える終戦記念日

 

 

 前回の記事で、「8月15日が本当の終戦記念日ではない」と私は書きました

 

 私にとって「終戦」とは、読んで字のごとく「戦いが終わった日」なのです

 

 実は8月15日の玉音放送以降に、日本の領土で人知れず後の歴史においても非常に重要な戦闘が行われいたことをご存知でしょうか?

 

 その戦闘の舞台となった場所の名前は『占守島(しゅむしゅとう』

 

 場所は北海道・千島列島東端

 

 1945年、8月18日――これは日本がポツダム宣言を受諾した、戦闘停止期間中のことです――午前3時半にソ連軍主力部隊が占守島への上陸を開始し、それを阻止しようとした日本帝国陸軍による、知られざる戦いは開始されました

 

 詳しい話はちょっと省略いたしますが(書き出すとすさまじい量の文章になってしまうので)、占守島の戦いを要約すると――

 

ソ連による北海道実効支配を命がけで阻止した陸軍戦車隊の決死の戦い』という認識を持っていただければよいかと思います

 

 そして本日8月23日、この占守島にて日本軍の武装解除が終了し、『日本本土での戦闘行為』が終了した日なのです

 

 この時の戦果のおかげで北海道はソ連に奪われることなく、日本の領土として今日も存在しているわけなのです

 

 これは語られるべき重要な戦いのはずなのですが、私の知る限り、現代の日本国民がこの戦いを知っていることはかなり稀有なことであると言わざるをえない状況です(というより、占守島自体知らない人が多数です)

 

 なぜ、こんな非常に重要かつ、ソ連の暴虐無道な戦闘行為であるこの戦闘にスポットライトが当たらないのか――

 

 それには様々な思惑が絡まっていると思われます

 

 そもそも占守島は今現在ロシアの領土であることもその一因であると思われますが、何より日本がこの戦闘を大声で語らない大きな理由は『北方領土問題』にあると思われます

 

 あまり長く書き連ねるとよろしくないので簡潔に書きますが、北方領土をロシアから返還してもらうためには(まあ、現在の北方領土の入植状況や歴史認識を見る限り返還の可能性は限りなくゼロに近いと思いますが)ロシアの機嫌を損ねないようにしなければならない――という非常に情けなくも切実な問題があるわけです

 

 そんな中、ロシアの前身であるソ連の国際条約を無視した非常に卑怯な振る舞いをほじくり返すことは、日本の外交としてはあまりよろしくないわけですね

 

 ですが、どれだけ隠そうがやはり事実として占守島の戦いは行われ、そしてその時の資料は残っているわけであり、今後ロシアと付き合っていくなかでも、こういう事実があったんだよという認識がなければ、また同じことを繰り返してしまうことがあるかもしれないのです

 

 くさいセリフですが、『歴史は繰り返す』のです

 

 だからこそ、我々は終戦の日に戦争反対を声高に叫ぶ前に、『なぜ戦争が起こったのか』ということを今一度知るべきではないのでしょうか?

 

 1942年に起こったとされる『大東亜戦争』(太平戦争だろといわれるかもしれませんが、私は歴史認識として、そして日本国民として大東亜戦争とあえて明記しております)

 

 これは勝てない戦争であり、戦争を起こしたことがそもそも悪いのだと有識者の方々はよくおっしゃいます

 

 ですが、果たしてこの戦争は『避けれる戦争』だったのでしょうか?

 

 日蘭会商の妨害など、とてもじゃありませんが、容易に回避できるような戦争ではなかったかと私は思っております

 

 戦争というのはあくまで『結果』なのです

 

 『結果』である戦争をどれだけ否定しても、戦争がおこるまでの過程である『交渉』や『外交』を理解し、改善しない限り、『結果』である戦争は必然的におこってしまうのです

 

 今一度、私は声を大にしていいたい

 

 我々日本人はまず、なぜ『大東亜戦争』が起こってしまったのかを知るべき必要があるのです